何があっても大丈夫

すっかりこちらのブログをご無沙汰しておりました。

Facebookは毎日コメントしておりますので、気になる方はそちらをチェゲラしてくださいね。畠山さゆり本名で登録しております。。

お正月あけてすぐ mayuたん(ビューティフード研究家でモデルの室谷真由美さん)が取材にきてくれたり、みんなで社員旅行にいったり、美輪明宏さまの講演会を最前列で聴いたり思い切り羽を伸ばしたわだす。(マダムGチケットの手配ありがとう)

そろそろ前の日記の続きを書かなくちゃ!と思っていた矢先・・・・

実母がおとといの朝、凍結路面で転びまして・・・

利き手の右手首を複雑骨折、全治3カ月

その日は会社も家族も本格的始動日。なんとか時間をやりくりしてどうにかこなしますた。
しかしながら食事や着替え入浴のサポートや1日おきの通院の送迎、一挙に家事負担がアップ

これ以上どの時間をどうやりくりすればいいのだべか・・・

さらにお店の機械が壊れ◎十万の出費がかさむことが判明
重なるときは重なるものだ、と一瞬暗くなったのですが、まさに前日美輪さまがこうおっしゃってました。

「あるとき身体が不自由な方の施設を訪問した際、その方たちの心の叫びがまっすぐにとびこんできたのです。(中略)私たちの悩みなんて、本当にとるにたらないちっぽけなこと。悩みにすらはいらない。」というような主旨でした。

・・・確かに。

母は転びはしましたが生きています。そこに感謝しないと!

腰を打って意識不明になったかもしれませんし、腰を打って寝たきりになったかもしれません。 またはその日車にのって事故で命を落としていたかもしれません。 


美輪さまはこうもおっしゃいました。
「魂のステージをあげるにはいつも微笑みを絶やさず、何がおきても冷静沈着に対応していくことですよ」

そうだすな!嘆いていても状況はかわなない。なんというタイミング(笑)

そこで新年早々きてくれたイシスさんのお土産をとりだしました。「何があっても大丈夫」の波動がでている山の神様。

そしたら「なんか気になったので」と優しいメールがとどくは(さすがチャネラー)
まゆたんから激烈うまいマクロビスィーツが大量に届くは、懇意にしている社長が前述の機械を破格値で即納してくださるは(お金は後でいいとまで)ビリーダンさんが「一週間でぐぐっと改善する」というレシピをくださるは

ありがたやの援護射撃が続くではありませんか。

Facebookでもたくさんのお見舞いをいただきますた。ありがとうございます。

↑ まゆたんから送られてきたケーキ!すんごくおいしい。愛知のみきスィーツ工房さんのものです。もぐもぐ食べちゃいました!mayuたんのレポートはこちら

それにね、さゆの光線言霊のひとつに「災い転じて福となす」があるんだもん。

きっと何かよいことが起きる兆しだね。マクロビオティックでも「陰極まれば陽を生ず」「陽極まれば陰を生ず」といいますし、昔から塞翁が馬といって良いか悪いかは後になってみなければわからないもんね。


幸福の神様は一見不幸の衣をまとってやってくるっけ。
そこに惑わされず、祝福をみていくとこで次の景色がきっとみえたよね、いつも。

「何があっても大丈夫」 山の神様も微笑んでくれてます。

前にもまして家族が一致団結して家事分担するチャンスだし、わだすも母をお風呂にいれたり身の回りのお世話をしてみて、いろんな気づきをいただきますた。

痩せ細った母の体を洗ってみて人生はあっという間だということ、一日一生だと前にも増してしみじみ実感。周りの人との時間を当たり前と思わずにもっと大切に丁寧にしていくね。

こんな体感できたのも母のおかげなり。

(そすてひとつアイディアパカチョきたる。←転んでもただで起きない)

有形無形、沢山の贈り物をすでに受け取っているのだすな。
目先のことにまどわされず、涼しい顔して微笑みながら、楽しんでいく、ます♪

今日も読んでくださりありがとうございました。

LOVE

| サユリのパカチョ日記 | 18:27 | comments(2) | trackbacks(0) |

Heaven Is A Place On Earth

JUGEMテーマ:精神世界をめぐって

あばら骨を強打してからジョギングどころか移動のスピードが4割減のもたもたライフ。
これも神様の「胃潰瘍になってもおとなしくしないから今度は打撲でもさせちゃおう」という粋な計らいかと思われます。

この神様っていうのは、いろんなカタチで私たちの目の前に現れてきますね。
自分の心の声(内在神)が自らの成長のために、あるときは仇役、またあるときは理不尽な出来事だったり、人や現象という変幻自在な形でひきよせてまいります。

それらの人、出来事を総称を「神様」と呼ぶとして。

おおむね神様は「災難」をいう衣にコーティングされてやってきます。
大概ここで多くの人は自分に起こった災難(実は神様)を嘆き、災難を「怖れ」て暮らしております。
「怖れ」を通して世の中をみるか、「愛」を通して世の中をみるか。
私はどんな時でも後者を選択したいな。そのためにAHにとりくんでいるからね。
災難の中にどんな祝福が隠されているのか、慌てず騒がず楽しんで探せたら怖いものないよね。

怖れを通して世の中をみない、これだけで世界は楽園に変わっていくんじゃないかな。

まさに

Heaven Is A Place On Earth!
べリンダ・カーライルの歌にありましたね。

「愛」の目で見ているか「怖れ」の目でみているのか、気づいた時点で心の姿勢を正す。(Attitudinal Hearling) 「愛」か「怖れ」2つのメガネをかけかえるイメージです。

自分が「怖れのメガネ」をかけてるかどうか、いくつかあるチェックポイントの中で不動の人気アイテムが「被害者意識」。

もしあなたが、「愛の状態にいない=心がぽかぽかしてなくてざわざわしている」と感じたら、「被害者」になっていないかどうか確認してくださいね。

自分だけが大変だ、かわいそうだという気持ち。
そしてこれを歪んだ形で他人にぶつけていませんか?

もし何かうまくいかないことがあってそれを解決したいなら、問題を整理し、自分で対処できない部分を相手と交渉すればいいだけです。
多くの人がそこに被害者の感情をのせて、不遜な態度、あてこすりや捨て台詞、陰口、筋の通らない要求などをしちゃってます。これって一種暴力なんですけどね。

これらはみな「被害者意識」という怖れのメガネをかけておきちゃう悲劇。
ここではた!と気づいて自分は「何を怖れているのか」「その怖れを手放したくない理由はなにか」自分とむきあい、それを手放そうと意識した人だけが「愛のメガネ」をかけられるわけ。

昨日友人のK子さんのmixiのつぶやきがなるほどなぁと思ったので引用します。

自分はこんなにかわいそうです、と提示するのは自分はこんなに偉いでしょうと自分だけの手柄を認めてもらおうとするのとまったく同じ.劣等感や欠乏意識のギャップを埋められるのは優越感や克服のみで、真なる豊かさや愛、光ではない.恩恵、祝福すべてを無視したVortex外での欠乏意識投影のシーソーゲームだ.


わたしはこんなにこんなにやってます。大変なんです。つかれました。
あなたはもっともっとわたしに・・・してくれたっていいのに。してくれるべきなのに。

こう思ってしまう 裏側、自分の中の怖れって一体何なんでしょうね。
まずはここに光をあててみませんか?

続く・・・・(続くのかよ!)

今日も読んでくださり、ありがとうございました。

LOVE


| AH | 09:20 | comments(5) | trackbacks(0) |

三浦友和さんに学ぶ

 

家族を内部被ばくから守るマクロビオティック


わたしの心友でブログに時々登場するマダムゴージャスという人がいます。
専業主婦でありながら多方面に鋭い視点をもち
とりわけ芸能ネタエピソードから「深イイ話」ライクなオチにもっていく手腕はさすが。
2人ともAHのファシリテータをとり、日々研鑽中の身
会話は決してゴシップ大会で終わりません。
どんなネタもAHの観点からほりさげる2人WSを随時開催しております。
(主に温泉、マッパが多いんですが。)

2人WSの中から今回は三浦友和さんのネタをシェアしますね。

最近、その半生を振り返った著書「相性」を19日に出し
百恵さんとの夫婦仲について「私たち夫婦は本当にけんかをしたことがない。
私は素晴らしく相性の合う女性と出会って結婚できた」とつづりワイドショーをにぎわせましたね。

2人の最初の見立ては友和さんは「うまく老けた」と。
アイドルから中年、壮年とそれぞれの年代で頂いた役を着実にこなし
派手に目立つことはないけれども着実に芸能界での居場所をキープしつつ
とうとう32年ぶりにブルーリボン賞を受賞したのも記憶に新しいですね。

百恵さんも芸能界復帰しないということはご家庭も円満
仕事でも自分のポジションを確保ということは

「かしこい人」「自分をわきまえた人」

というのが2人の評価ですた。
(勝手にジャッジメントごめんなさい)

この評価を補強してあまりあるマダムG提供の友和ネタさんもシェアします。

わたしが高校時代をささげたRCサクセション。
初期の頃、ほんの一瞬三浦友和さんも
パーカッションで参加していたエピソードは知っと〜や?(なぜか博多弁)

キヨシロー様の才能は近くにいればそれだけまぶしくすばらしく
一緒にいるだけでとても楽しかったそうなんです。

しかし、かしこい友和さんは はたっ!と気づくわけですね。

おれは音楽的才能がない!
キロシローとはレベルが違いすぎる。
キヨシローにのっかってこのままいける、と勘違いするのは間違いだ、と。

そこから彼は俳優の道に進み同じプロダクションで嫁さんまでみつけ、今に至る、と。

みなしゃん!ここにたくさんの「深イイ」が隠されていますね。

自分以外の人にはなれない。
自分のどこを伸ばして生き残るか
これがブランド戦略なんだすな。

「自分をわきまえている」というのは 自分を卑下することではありません。
見事、友和さんならではのポジションを確立したわけですからね。
それはキヨシロー様の才能とは全く別物で唯一無二のもの。

そのあとのマダムGのセリフがまたよかった。

さゆはね、全国7位にもなった起業家で3事業部を経営してるわ
朝5時におきてみんなの弁当つくって夕ご飯もつくって
わたしなんかが想像もつかない時間の使い方で
一日にたくさんのことをこなしてると思うの。

でも全然大変さが外見にでないし、明るくて誰にも優しいし、メールもマメに返すし
ノウハウは全部だしちゃうし、そこで勘違いしちゃう人もいっぱいいるのよ。
どんどんもらっていいんだって。
さゆもまた、あげちゃうもんだから
相手はもらって当然ってなっちゃうのよ。

「これは有難いことだ。ここで自分も頑張らないと 」って思う人は稀。
さゆのリソースは自動的に自分のものって
同化してのっかちゃうのよ。

まあそういう人は毎回なぜか自爆して消えていくんだけどね。

でもわたしはいっつも自分を戒めているよ。

勘違いしちゃいけない。
そこにのっかちゃだめ!
境界線は絶対ふみこえないようにしようって
そこはいっつも気をつけてるの!


…マダムG あなたはすごい。
ビジネス上の接点はないけれども
お店でも常連風をふかすことは決してなく
お食事、購買、講座出席と淡々と支援してくれる。
さらに・・・
スタッフのいいところをみて声かけてくれるんだよね。


わきまえた人の両横綱は
三浦友和か、マダムGか。

このテーマ、こないだ一緒にコンサルやってる松尾さんとも話したんだよね。
俺たち優しすぎると思うけどそれはどうなのよ、と。
ホントは相手のためになってないのかな?
相手の成長を促すにはスパルタのほうがいいのかね?とか。

与えれば与えるほどそれが「あたりまえ」になって
もっともっと答えを欲してくるのだが
安易に得た答えって安易に忘れるからなーと
少し自立を促すと、供給が絶たれたことに逆恨みされたりして
割にあわんなーと。(笑)

しかしながら、自分たちが相手に「勘違いさせてる」側面もあるな、と。(笑)
魚を与えるのではなく、魚のとりかたを教えていかないと、と。


ま、最後まで
「そういう人たちにも力を貸してあげたいよね」
と前向きな話し合いに終始したのが大人であった!(自画自賛)

みんなどうなったらしあわせかなってところに
フォーカスしてフォローしてあげたいな、と。
もちろんどちらかが被害者になることなく楽しくハッピーに。

話がそれましたが…

自分のポジションを確立するには
冷静に自分の才能をマッピングできることが不可欠ですね。
ひとりよがりじゃなく世間一般に通用する価値ね。

そこを掘り下げていくことが重要だ、と。
そして、それには時間がかかるんだ、と。

この友和さんネタもブランドサルベージに活かしながら
来年からは 個人事業主、フリーランスの人むけのプランを展開しようかなと思っています。

実はここで苦戦してる人がたくさんいるんじゃないかな〜と思って。

そんなわけで年末年始じっくりプランニングしますね。

今日も読んでくださりありがとうございました。

LOVE

| サユリのパカチョ日記 | 17:27 | comments(5) | trackbacks(0) |

食べ物で変わる脳プログラム

 MI塾卒業パーティ

楽しい楽しい10か月、岡部先生のMI塾が昨日で終了いたしました。
卒業パーティにも25名様のご参加をいただき、本当に楽しいひと時でした。
2007年にさゆりが岩手で捲いたマクロビオティックの種。
2011年には30名のマクロビオティックインストラクターが生まれた感動は
カフェのブログに書くと致しまして…

午後の講義「潜在意識のプログラムを変える」の内容を少しご紹介します。

岡部先生のマクロビオティックは
「食生活の改善でxxx値を正常にしよう」といった「数値健康法」じゃないし
厳密に玄米菜食にこだわりましょうというがちがちの「べき論健康法」でもありません。

たまにお肉食べたって卵たべたって甘いもの食べたっていいじゃない
そのあとどうするか対処できること
何を食べても平気な体をつくるための手段なんだよ
いきいきわくわく楽しく伝えていけばいいんだよ
他人をどうこうするより、自分がまず楽しく幸せになっていればいいんだよ

そんな心がポカポカしてくる楽しさを
宇宙と体内にある小宇宙は相似形、マワリテメクル(まさにサスティナブル!)と
マクロ視点とミクロ視点を縦横無尽に網羅してくれる他にない講義内容なんですね。

昨日の講義核論

潜在意識の否定プログラムは食べ物で変えられる
究極は断食。

とってもシンプルです。

わだすの長所は、
やると決めたらまんずやってみる。
結果がでるまで弱音をはかずに続けてみる。
というところなんですが
マクロビ、断食、運動をやってみたらさらに拍車がかかりました。

実症に拍車もかかり、虚症発言を聞くとまどろっこしくなるため
カウンセリングする立場としてはよろしくないのでもっと
AHをとりいれていこうと思います。

先生の話に戻しまして…

何をやってもうまくいかない、続かないという人は潜在意識の中に否定プログラムがはいっているのでプログラムを書き換えない限り、何をやっても結果がでないとおっしゃいます。

その段階は下記のとおり

(1)無意識的無能(否定)=しあわせ回避症
常に不安要素、できない理由をさがし行動に移さない、できない理由を他人のせいにする

玄米たべたくても夫が嫌うし、子供たちお肉大好きだし無理〜
それは自分が単にやりたくないだけだと。(笑)

だって、でも、わたしなんか、私で大丈夫ですか、
夫が、お父さんが、お母さんが、子供が、仕事が、同僚が…(以下エンドレス)

先生ズバッとこういっていた
「相談するだけして実行しないエネルギー泥棒に多いですね」(虚症MAX)
あとはやたらめったら質問の多い人もこれだすな
(胃・脾弱く心配性で土用の時期に健康相談ふえる)

(2)意識的無能=面倒くさい、後回しにする
思ってもできない、実行を伴わない、すぐに行動しない

頭でわかった気になって終了するタイプですね。
本一度読んだ、わかった気になり終了。計画たてた、実行せず終了。

やると決めたのに不安を口にしてゆれる迷い体質も。(虚症80%)
「自分が楽な方へ流されること」を「自分に心地いいことをする」ってすりかえるタイプを
「まちがった自己肯定」とも表現していました。
努力が続かない3日坊主も含まれるから実症タイプでもあてはまりますね。

だいたいの人はここでうろうろしているので
マクロビ、よく噛む、断食(運動も必須)をとりいれろ、と。
それだけで自分の中に光が輝いてくるんだと。
自分以外のものになる必要は全くなく、全部自分がもっているんだよと。
マクロビオティックインストラクターって
その真実を伝えてあげる「ライトワーカー(使命の道に生きる人)」なんだよ、と
先生はお伝えしてくれました。

さて食を変えると次の段階に潜在意識が変わってきます。


(3)意識的有能 たちむかうことにしあわせ感を感じる

未知の分野にどんどんチャレンジする。
ダメ元でとりあえず行動する。
あえてやらないテーマにも挑戦していくことで
勉強せざるを得ない状況に自分をおいこむ。

先生いわく、さゆりさんは ここにいるだろうと。はいっ自覚あります。
先ほどもいいましたが、課題は1)と2)の人をジャッジしないでプロセスを信じてあげることですね。
あと3)になりたての人は3歩進んで2)に戻ったり揺れますからそこみてもイラつかないこと。
不安要素は一個づつつぶせばいいだけじゃん?と思うわだすは
「辛気臭い!辛気臭いものはおそろしいで。おっそろしいほど寿命縮まる!」と
朝ドラカーネーションの十朱幸代おばさまのセリフを投げつけたくなるのよね。ほほほ。
みんな糸子のように強くないわけだから・・・
ここで何回でも「大丈夫だよ」っていってあげられるよう心がけないと、ね。(^^;

でその次が神の領域、ニルヴァーナです。

(4)無意識的有能 全受容=愛

理由のないわくわく、ウキウキ、ときめきという想像エネルギーに満ちあふれた状態

先生は人類全部がここに到達するのはあと2,000年くらいかかり
そのスタートが2012年だよ、岩戸開きがはじまるよとおっしゃっていました。

楽をむさぼるとマンネリという苦がやってきて
苦に立ち向かうと続々と楽がやってくるんだよ。
面倒くさいことに立ち向かうことで創造エネルギーが沸いてアワ性が発露されるから
たちむかいチャレンジしプロセスを楽しんでくださいね

そんな素晴らしいメッセージをいただきました。

わたしたちは(4)を目指して日々精神修養をしているわけですが
断食で垣間見た「ひゃっほー感」と名付けたあの状態は
まさに(4)を一瞬垣間見たんだと思います。

断食やって「ひゃっほー感」がきませんでした。という感想がたくさんきましたが
回数をかさねれば来ます。
その状態をできるだけ長く続けていけば(4)にも到達できるわけですね。

この世でもニルヴァーナを体感できるんですから素晴らしい。

今後のわだすの課題はますます(3)をきわめていきながら
できるだけ長く(4)の時間を増やすためにマクロビやAHや普段の家事他日常を
120%生き切ることを心掛けていくことだな。

そして、自分のわくわくウキウキときめきがMAXになり光がダダ漏れて
まわりの人に影響を及ぼせるまで自分を磨いていこうと思います!

青い鳥は家に、神は自分に
いつでもどこでも 此処に在り♪

今日も読んでくださりありがとうございました。

LOVE

| マクロビオティック | 10:24 | comments(2) | trackbacks(0) |

閑話休題 最近の小ネタ

JUGEMテーマ:マクロビオティック

AHについて語りたいことがてんこ盛りのわだすなんですが、度重なる断食やジョギングで宇宙図書館と回線がさらに太くなったごたる。毎朝怒涛のようにパカチョがきます。書き留めるのも大変でつい遅刻気味。(朝7時以降にブロードバンドになるため)それを順番カタチにする毎日なんですが、なかなかブログにたどりつかなくてごめんなさい。

Facebook(畠山さゆり)でつながっていただければ日常のパカチョ小出しにしておりますよ。
また、カフェのブログにもお得情報がたくさんあるので日々チェックしてくださいね。


つい2週間前のこと、ビリーダンさんがやってきて2〜3アドバイスをくれました。そのツートップが下記です。

1) どんどん外にでてWSや講座をするとよい
→ 直前にヨギーニ美穂ちゃんと来年2月から仙台で「ココロ・カラダ・キレイプログラム」開催を決定していた。

2) これからは◎◎◎をとりいれていくとよい

◎◎◎は正直ピンときませんでした。 巷ではよいといわれていますし、生活にとりいれようとしたこともあるのですが個人的にいまいちだったんですよね。
ふーんと思って聞き流していたのですが(ごめんなさい)、それからほどなくして◎◎◎をとりいれる、いやむしろ、柱になるぐらいの勢いで関わることを決めたのでした。

それがえーと11月末日のことです。

突然、サンフランシスコ在住27年のビジネスメンター(女性です)がやってきて述べ2日にわたってこれからの世界経済のゆくえの話をしてくれました。コンピューター業界の草分けで30年前からITビジネス、不動産金融や数々の会社経営に携わってきた彼女が最終的に選んだのが◎◎◎だったのです。

なんじゃ、このタイミング?

2回目にあった12日には、彼女のおまじないで、私の脳みそのプログラミングをちょっと変えてみました。するとその場で願ったことが10秒後に現実化したんですね。 こりゃー今キテルし。乗らない理由はどこにもないなーと。

そして彼女が帰りしな、秘密に◎◎◎をひとつプレゼントしてくれますた。

それを・・・

目の下に塗ったところ・・・
(もちろんゴリアン、ミネールの上に)

・・・2日で3歳若返った感じなんです。

気のせいかと思って心友にみてもらったら「確かに違う。若返ってる!リフティングしたみたい」と。(笑)
そのとき午後4時すぎ、普通なら顔がよれってる時間帯ですが、顔も元気、気持ちも元気。
(さらに5キロジョギングの後ですた)

いや、こりゃすごいっす。こんなの初めてだすな。
(心友にもぺろって塗ってあげますた。どうなったべ?)


2月からの仙台の講座(ココロカラダキレイプログラム))では マクロビのお茶3種とお菓子もご用意するのですが、いち早く◎◎◎も自由に試してもらおうと思います。

まずは、じっくり自分で人体実験していきまして、自分が本当によい!と確信もてたら改めて報告をします。


これからはサスティナブル社会(循環型社会)、よいものは独り占めなんてせこいことはいいません。
みんなで芯から真から身からそして心からキレイになっていこうじゃありませんか!

※ しん って言霊 すごいね。

今日も読んでくださりありがとうございました。
本日元気に釜石にいってまいります。

LOVE




| イベント・講座ご案内 | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0) |

怒りの根っこをさぐる

 
AHをめぐる冒険 TODAY(春樹先生ごめんなさい タイトルちょちぱくりました。)

今日も勝手にパカチョシリーズを送ります。
※何度も言いますがこれは私の体験に基づく個人的な感想であり、AHを解説するものではありません。

AHジャパンHPにAH12の原則が掲載されています。
いやいやしかし読むたびに、これ以上でもこれ以下でもないなぁとしみじみするのっす。
凡人さゆりは、事あるごとにこの原則にたちかえり、心の姿勢を平和に保つ(中心軸にもどす)作業をする日々なのですた。

今日はいきなり12番について勝手に個人的感想を述べたいと思います。
12 どんな人も、愛を差し伸べているか助けを求めているかのどちらかととらえることができる

感情の根源は2択であると。

「愛を差し伸べてるか」 or  「助けを求めているか」

AHの創設者、ジェラルド・ジャンポルスキー博士は人は、人とのつながりにおいて 究極的には、「」でつながろうとするのか 「怖れ」でつながろうとするのか その2種類しかないと述べています。

1)愛でつながろうとする→愛をさしのべてる ってどゆこと?

AHは英語圏で発祥したものなので、ニュアンスを正確に訳するのは難しい面があって、AHジャパン主宰者の水島広子さんは、「差し伸べている」という表現について補足してくださいました。英語では「extend」という単語をつかっているので「差し伸べている」というよりもその人が愛(心がぽかぽかしている)の状態にいる→愛がその人からあふれだしている状態→結果として自分以外に波及している状態である、といったような解説をなさっていました。

思うに、「どうぞ、ほら、受け取って」みたいな「行動」ではなく 勝手に愛、だだもれ。拡散してる状態。なのかな〜と。

ほんじゃ、次。


2)怖れでつながろうとする→助けを求めているってどゆこと?

誰かに攻撃されたことを想定してください。


怒っている人は困っている人、実は助けをもとめている。

怒りの攻撃をあびると本能的に防御態勢になり、一緒に怒りの土俵にのっちゃいがちですよね。
そんなとき、このフレーズを思い出してるわだす。

「この人は何に困っているのかな」って考える習慣、自分が怒っているときは「何に困ってるのかな?」って深呼吸して、考えるようにしています。(できないときも多々あります。笑)

わたしの例をあげてみます。

1)友人の不適正な言動→ 傷ついた
2)母親のとんちんかんな言動 →役割期待のずれ(母親としてこうふるまうべきという期待がずれた)
3)終了時間に終わらない講座→自分の予定が狂った

などなど。 

こうして分類してみると怒りの表現の根っこは「困った、たすけて〜」って悲鳴なんだ〜ってよくわかったのです。

※怒りの分類や対処については水島広子さんの「怒りがスーッと消える本」をご参照ください。AHをベースに怒りの分類と対処が詳しくそしてわかりやすく記述されています。

この本のステップ5、「自分でストーリーを作って怒っている事があり、ストーリーを手放しましょう」という内容が、これまたがびー!っと目からうろこです。
 
相手の文脈を理解しようとせず、自作ストーリーの脚本書いて、演じて、観客になって怒り倍増!みたいなこと、いっぱい、あるある大辞典だったよ・・・

この本の例でいうと、二人で会っている時に携帯で長電話をされムカついた、自分をないがしろにし粗末にされたと怒りを感じた場合がでててね。

これは相手の「長電話」に傷つくのではなく、勝手に自分でつくったストーリーに怒り傷つくと。
「わたしより大切な人がいるのね!ひどい・・・」しかし、相手の文脈でいうと、重要な取引先との電話や緊急事態だったかもしれず、なぜ長電話をしたのかは確認しなければわかりません。

つまり自分が怒り、傷ついているのは「事実」ではなく、自作のストーリーという事です。
怒りのきっかけとなる出来事自体ではなく、過去のパターンに反応してることがほとんどでした。これってすんごくたくさん経験ないですか? わたしはいっぱいあります。

そんでこの怒りのベースにあるのが「怖れ」なんじゃよ、とAHでいわれ、これまた目からうろこだったのです。

上の「長電話」の例でいえば、「私がいるのに誰かと長電話している」→「自分が粗末にされたと感じる」→「相手に嫌われているんじゃないかという不安」にたどりつくわけですな。

ここで素直に「わたしの前で長電話されてさみしい気持ちになったよ。嫌われたかと不安になった。」
とわたしを主語に自分の気持ちをいえれば

「ごめんごめん、いま仕事がトラぶってて対応してたんだよ。嫌いになるわけないよ。」

と流れていくことでも!


相手が電話を切った途端

「ちょっと失礼じゃない!私がいるのに長電話なんかして!」といきなり爆発したり
不機嫌そうに無口になって態度をかえてネチネチいやみをいったり
すんごく傷ついたんだけど確認もせず平気なふりをしてみたり

これではずっと怖れに支配されたままです。
24時間自作のストーリーを上映して怒りを持続させることになるでしょう


さて、こうやって怒りの根っこに不安、怖れがあるんだなって特定できたらどうするか。

2択しかないんだから、どっちか選んでどっちか手放すって話ですよね。

怖れを手放したら 必然的に愛を選択しています。

あ!これは・・・

「愛とは怖れを手放すこと」

ジェラルド・ジャンポルスキー博士大ベストセラーのタイトルではありませんか。

怖れを手放しちゃえば、愛の状態にいるなんて、この世はシンプルなんだろう。

どちらを選ぶか常に私たちは選択できる」 もちろん愛を選べない時があってもそれは自由。

こゆふうに考えていくと、怒りと自分の間にすきまがあいて、感情にのっとられる時間が減るね。
そんで自分の不安はなんだろう、どうしてそこに反応しちゃうんだろう、いつから発生したのかっていう過去のデータベースをみていく作業につながっていきます。
怖れの根っこは家族関係、親子関係に端を発してることが非常に多い!(わたしの場合も例にもれず)

これがいわゆる「自分掘り」だよね。 不安の鉱脈をみつけだしたらどうするか・・・どうやって手放していくのか。 これはまた次回。

今日も読んでくださりありがとうございました。

LOVE

| AH | 07:38 | comments(4) | trackbacks(0) |

パカチョ一服

JUGEMテーマ:自分が読んだ本
 
AHファシリテータトレーニングの内容を収録した水島広子さんの新刊「続々怖れを手放す」が届く。
帯にある「治療やカウンセリングの場に役立てることができる」という部分と「あとがきにかえて-本書の内容を治療やカウンセリングに生かすための工夫」を読んだら、ここ最近のパカチョの意味がわかり脱力中なう。



続々怖れを手放す



注)一連の日記はAHの解釈の押し付け=解説文では決してありません。
あくまでAHを通してサユリハタケヤマの「個人的な所感」です。当然、神の啓示でもありません。



★常々、対面セッションを仕事にしている人で専門的訓練をうけてないまま開業したために
自分もクライアントさんも困ったことになっている悩ましい事例

★震災後はそれに加えて自称ヒーラー系の決起による悩ましい事例

その事例が知らず知らずにモキモキ感になり先日の「べき思考WS出席」と「トラウマの現実に向き合う再読」がトリガーとなって「これらが何らかの対処法になるんじゃね?」と怒涛の日記を書きだしたようです。(さっきパカチョした)

上記の悩ましい例の一部はなんとなくこんな感じ。(重複もありますが敢えて)
※表記の混乱を避けるために、相談される側を治療者、相談する側を患者と統一します。
治療者をカウンセラーやヒーラー、患者をクライアントと置き換えて読んでもOKです。


職上知り得た秘密(患者の相談内容)を他の患者に話す(守秘義務)
さらに、あの人はxxxだからだめよという(ジャッジメント、守秘義務)
他の治療者のことを悪くいう(ジャッジメントほか)
他の治療者に対する怒りに支配される(境界線設定ほか)
治療の場で患者の「加害者」に対し怒りはじめる(境界線設定ほか)
治療の場以外で患者の加害者に対する怒りをあらわす(守秘義務違反ほか)
患者に変化を起すのではなく変えようとする(アセスメントでなくジャッジメント)
患者を腫れもの扱いする(ジャッジメント)
患者の文脈を理解しない(ジャッジメント)
治療者の勝手な解釈で治療方針をくみたてる(ジャッジメント)
治療の場を離れても治療以外のアドバイスをしたがる(境界線設定ほか)
患者が治療方針に従わないと怒る(プロセスを尊重できない)
患者への怒りを第三者に漏らす(守秘義務、ジャッジメント、境界線設定ほか)
患者の人格についてジャッジメントし、相手にも伝えてしまう


etc....

以上すべて「患者に安全な治療の場を提供できない」という点で致命傷となりえます。
最終的に治療者の「燃え尽き」にもつながりますから治療者の仕事の場を奪われる(しかも自分が原因で)という意味でも致命傷となりえます。

以上の例でいうと「安全な場」を確保できない理由のひとつは「怒り」かな〜と。

患者たるものこうふるまう「べき思考」「役割の期待」がずれては怒り、患者の相談にでてくる「加害者」に対して怒り、自分のデータべースに反応しては怒り…。

患者の「加害者」に対して怒るって例は、怒ることで患者の味方でいるという意思表示にもみえるけど、効果的とは思えないのっす。患者と自分の境界線がなくなってるし相手に「共感」でなく「共鳴」してしまうと「治療者と問題の間にスペースがなく、問題に支配されちゃってる」ように見受けられます。

また、治療者自身がトラウマ経験者の場合は自分のデータベースに反応しちゃって怒りがよみがえるケースもあり。「わかるわ、わたしも同じ体験をしたから」って「個人的主観」を一方的に押し付けるジャッジメントが一種暴力になったりもして。

患者は不安と恐怖にかられるわ〜。この人を怒らせたら、明日は我が身って思ったらすごく気をつかっちゃう。他の治療者や、他の患者の悪口を聞かされると、自分の相談内容もこうやって漏洩するかも?そしたら今後本音を話すことをためらうし、相談したこと自体後悔しかねない。

治療の場は安全どころの騒ぎじゃないし、治療以前の問題かなーと。

まんず、安全な場を提供するためには治療者自身の怒りに向き合ってそこをなんとかしないとだめなんじゃないかと思うの。

AHで解釈すると、怒っている人=困っている人、助けを求めている人。 である、と。
そんで「怒り」って実は「怖れ」にとらわれた状態 であると みます。
「状態」なので、たまたまその人にあられている症例で、パーソナリティとは別物、という前提で。

怒りの毒気にあてられたら、その感情に支配されるのではなく
自分と感情の間にスペースをあける作業が必要かなーと。

一呼吸おいて、自分の「怖れ」っていったい何なのか。
それを手放すのが怖い理由は何か?
「怖れを手放す不利益があるはず。
手放さない方が自分にとって楽だから、怖れを大事にキープしてるわけですよね。

ここにしっかり向き合い
自分の「怖れ」に気づき、手放すというセルフカウンセリングが必要かも。

「怖れ」に支配されコントロール権も喪失したままでは
他人を「救う」どころか自分で自爆、いわゆる「燃え尽き」になってしまうかも。

誰かのお役にたちたい、というせっかく素敵な動機ではじめたカウンセリングなのに、
治療者自身が心の平和をキープしていないと本末転倒になるます、ね。

それもまたその人のプロセスでしょうから、
わだすにできることはその人の本質(あったかい心=愛)を信じていくことだけなのだが。
まんず「続々怖れを手放す」と「トラウマの現実に向き合う−ジャッジメントを手放すということ」の2冊を読んでみるのも対処法のひとつ、と思っておすすめした次第。

「トラウマそのものには興味がなくとも治療的評価に関心があればぜひご一読ください」と水島さんも述べておられますからね。


「怒りは怖れ」
「ジャッジメントを手放すことがなぜゆるしなのか」
これらについてはまた、別途日記を書こうと思う、ます。

「手放しなさ〜い。許しなさ〜い。」じゃ何も解決しないよなーと常々思ってたからこそ、ね。

パカチョは続くよどこまでも。

※くりかえしますが日記は単なる私見であり、AHの解説でも神の啓示ではありません(しつこい)

今日も読んでくださりありがとうございました。



LOVE
| AH | 14:59 | comments(0) | trackbacks(0) |

続々怖れを手放す 入荷!

JUGEMテーマ:精神世界をめぐって

ソーベーズカフェのブログにも書きましたが同じ内容を書く、ます。

いや〜パカチョの謎がとけましたよ・・・


続々怖れを手放す

水島広子さん最新刊「続々怖れを手放す」入荷しました。
花巻店、盛岡店5冊づつあります。1,995円(税込)
(盛岡は明日ハタケヤマが届けますのでOPENと同時に店頭に並びます)

これはアティテューディナル・ヒーリング(以下AH)のファシリテーターを養成するために
行われてるトレーニングの中心となる部分を収録したものです。
(本文より)


ファシリテータの役割を理解してから参加者として
サポートグループに参加すると
より理解が深まることうけあいですし、(さゆりより)
後述しますが、2つの良い事があります。

※注1)実際ファシリテータとなって自身のサポートグループを立ち上げるには
下記を実践する必要があります。

ボランティアトレーニング→ファシリテータトレーニング出席したのち
ボランティアトレーニングスタッフ、共同ファシリテータ
それぞれ数回こなしてから、となります。
回数については、AHジャパンから正式な通達があると思います。

目次
1.ファシリテータトレーニングをはじめるにあたって
2.AHのプロセス
3.AHのテーマ
4.AHのファシリテータとは
5.ファシリテータという立場における自分自身のワーク
6.ファシリテーションスキル
7.こんなときはどうファシリテーションするか
8.ファシリテータ体験
9.グループの間持ち続けると役に立つ考え
10.ジェリー・ジャンパルスキーからのメッセージ
11.トレーニングの終わりに

どうです?おもしろそうですね!

※注2)ジェリー・ジャンポルスキーとは
わたしがAHに触れるきっかけとなった本
「愛とは怖れを手放すこと(訳 本田健)」の著者でありAHの創設者です。


そして、さゆりの「菜食美人塾ブログ」をお読みの方はおわかりでしょうが
最近、狂ったように? AHネタ、治療とカウンセリングについて
日記を書きまくっていたのですが

今日届いたこの本にはこう書いてありました。

ファシリテータトレーニングが役に立つと思うのは主に2つの点においてです。

一つはファシリテータとしての立場に身を置いてみることで様々な怖れに気づき
AHの理解を深めることにつながるということです。

もう一つはAHという視点を治療やカウンセリングの場に
役立てることができるのではないか、ということです。


どうやら最近のパカチョは
治療やカウンセリングにAHという視点をいれていくことで
治療者と患者、カウンセラーとクライアント
どちらもハッピーになるよ!というメッセージを
さゆりなりにお伝えしたかったのではないでしょうか。


なので
もしあなた様が対面セッションのお仕事をしていておいでなのでしたら
311以後のパラダイム転換以後は特にもAHの視点が必要だと
勝手に思っているわけでございます。

そすて!

本書271ページ〜280ページにバッチリ書いてあったじゃないですか。
 
あとがきに代えてー
本書の内容を治療やカウンセリングにいかす工夫

ここ!ここ!ここをお読みください〜!

最近の頭ムズムズ、モキモキしてることの答えが
すべてここに網羅されておりますた(脱力)

今朝シャワーをあびながらも
「傾聴」の人ってAHで聞かなかったらどうしてるんだろう・・・
「共感してるふり」になってしまったり
「共鳴」になり、無力感罪悪感感じちゃわないかなぁと
思っていたばかりだったのです。

実際、私は被災者の人が話すこれでもかの話を我慢して聞いてかなりもってかれました。
被災者の話はすべからく「聞くべき思考」になっていたからです。
でも被災したスタッフの話を聞いたときはAHで聞けたのでOKでした。

その答えに関してもこの9ページに記載されております。

AHは自分の心の平和のために取り組むものであり
一義的に相手のために行う治療やカウンセリングとは本質的に違います。
それでも治療者やカウンセラーがAHを身につけておくことは、
治療者やカウンセラー自身にとても、また患者さんやクライアントさんにとっても
プラスになると私は考えていますし、自分自身の臨床姿勢も
基本的にはAHと矛盾しないように心がけています

と!

実際治療の段になってでてくるさまざまな専門的な疑問についても
明晰に言及しておられますので
専門家であっても、傾聴グループのようにそれほど専門性が問われなくても
対面セッションのお仕事の方には必読の書と思われます。


また
こうやってわだすが伝えしたからといって
それを選択し実行するかどうかはあくまであなた様のプロセスですので
境界線の設定は間違わないようにいたします。

そすて
まだまだ、AH視点での日記は書きたいこと満載ですので
菜食美人塾ブログで書き続けてまいります!

今日も読んでくださりありがとうございました。
LOVE

| AH | 13:40 | comments(0) | trackbacks(0) |

役割期待のずれとジャッジメント

eatmoregreensカレー水島広子さんのクリニックにほど近い麻布十番ビーガン対応のお店、Eeat more greens のべジカレー。

このお店はいつもいろんな国籍の方でにぎわっており、お料理、スィーツどれも美味しいの。

麻布十番におでかけの場合はお出かけください。

※豆腐メニューが豊富だったSoy's Cafeが10月で閉店してしまったので、このお店が最後の砦となってしまいますた。

繁盛しますように、なむなむなむ!

JUGEMテーマ:精神世界をめぐって

さて本題。

このブログにて水島広子さん著「怒りがスーッと消える本」を以前紹介したと思います。

非常にざっくりいうとこんな内容かしら↓

--------------------------------------------
怒りの原因となる心理を把握する

怒りの原因4種類
(1)自己防衛 (2)自分の予定が狂わされて困った(3)自分が無理してる (4)役割期待のずれ 

怒りそのものが必要ないものだったら捨てる。
もしくは対処が必要なものは前向きに対処する。
--------------------------------------------

この中の(4)相手への役割期待のずれ ということについて今日は書く、ます。
(これはAHの解説ではなく、あくまでハタケヤマ個人の所感であるとご理解ください)

役割期待のずれは怒りの原因にもなるし、ジャッジメントも起こりやすいと水島さんはおっしゃいます。 そもそも「ジャッジメントは異物を自分の中で位置づけて消化しようという試み」であると。

自分の期待通りにふるまってくれない相手はまさに「異物」ですよね。
このストレス「あの人の振る舞いは不適切だ」という感情自体がジャッジメントになるわけね。

たとえば、我が家の場合。
母親が一時体調を崩しおかしな言動をとるようになりました。
とんちんかんな言動がいちいち私の感情を逆なでします。

これは私が「母親に期待している役割」と違う行動をとるからにほかなりません。
「母親として、このようにふるまってほしい」という枠から逸脱すると「不適切だ」とジャッジしてしまい、怒りのスイッチがはいるわけです。

さらにAHでは「怒っている人は困っている人」と定義しますね。
私が困った理由は
「いつも母業の見本のような母親の劣化をみるのがつらい」というところでしょうか。


その後病院で不調の原因が明らかになり(ジャッジメントでなくアセスメントされた)
「これはパーソナリティの問題でなく単なる症状である」と認識した段階で、わたしのストレスはだいぶ緩和されました。「症」は一時的に表れた現象であり、固定化された母親の属性でない、いわゆる「病気のせいだよね」となったわけです。
また、本人も「不安要素の原因はパーソナリティの問題ではなく単なる症状である。」と認識できたことですんなり「患者の役割」を引き受けることができました。
彼女は「症状の影響をうけているだけで、患者本人は何ら損なわれていない」からです。


ただ、もっと症状が重ければ「いくら症状だといわれても人間としてどうしてもついていけない」というケースもあるでしょう。

水島さんは「人間であれば、現在病んでいるとしても”最低限こうふるまってほしい”という役割期待があって、その枠から逸脱すると”ついていけない人”とジャッジしてしてしまう」と解説しています。
このようなジャッジメントがある限り人間関係は苦しいいものとなり、さらなる役割期待のずれを生んでしまうというから深刻です。

※上のケースの対処法は治療者と患者という位置づけで「トラウマの現実にむきあう」の第3章をお読みください。治療者、家族というケースですが、普通の人間関係にも十分応用がきくと思います。
もちろん対面セッションを生業とするかたには特にも!

さて、この「役割期待」が 先日の日記でのべた「他人に対するべき思考」ですよね。

わたしのケースでも、これ「症状だから、相手のパーソナリティと無関係だから」と頭で理解してても毎回「これネタ?わざと?」って言動を目の当たりにすると冷静さを欠く場面がまだある、ます。(笑)

ただ、「あっ!また べき思考がでた〜!」と気づく→手放す繰り返しでだいぶ楽になりましたが。

にんげんだもの by みつを。

ずれた都度、中心軸に戻ってくればそれでいい by さゆり。(なげーよ)


もし、貴女様が怒りやイライラなど他人に対してストレスを感じたら、
「わたしは相手にどんな役割を期待してるのだろう」とふりかえってみることをおすすめします。

経験上、職場でのイライラは、お互いの役割期待のずれを埋める作業をすればかなり改善されます。チームで仕事をしていれば特に。

「どうしてあの人は◎◎をしてくれないんだろう」とイライラしていることは
相手の文脈でいうと
「これはあなたのするべき仕事だ」と思ってたりします。

お互い自分の役割ではない、と思っているので、バレーでいうお見合い状態(お互いの真ん中にボールが落ちる)になるんですね。

お互いが「自分の文脈」で相手に勝手な「役割期待」をしている→ずれを是正しない→ストレスが昂じる という流れです。

このあたりにメスをいれるだけで、いろんな怒りの原因が解けていくのではないでしょうか。
実際、うちの会社でもこの手法でチーム内の仕事の見直しをしたところ、顕著な効果がありました。

さて、今でてきた「自分の文脈」「相手の文脈」という概念、これを知るだけでわたしはかなりのもやもや感が解消できました。

次回はそれについて語りたいと思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。

LOVE
| AH | 07:17 | comments(0) | trackbacks(0) |

自分の友達「べき思考」

JUGEMテーマ:精神世界をめぐって


ひっぱるだけひっぱった「べき思考」の話題です。

11/12(金) 「べき思考WS」に出席すべく麻布にある水島広子さんのクリニックにいってまいりました。AHの定番、サポートグループやトレーニング、初級WS以外にこのようなバリエーションでWSするのは初の試みとのこと。

水島さんも「データベースがないからとてもリラックスしています」と楽しそうでした。
そして!「べき思考」をテーマに、水島さんが新刊執筆予定とのこと。皆さまどうぞお楽しみに。

さて、そのWSなのですが・・・結論から先にいうと、出席して大正解ですた。

いやいやいや、いかに自分は「べき思考」を仲良しの友達にしており、
相手をジャッジ、自分をジャッジ、異物を排除しようとする働きに無抵抗でいることに気づかされました。

こゆこと言うとね

「べき思考を手放そうっていってすぐ手放せるものじゃないよね」
とか
「AHに参加すれば、すっきり悩みが解決されるのかと思ったら余計モヤモヤした」
とかいわれるの。

「モヤモヤしたらそれが正しいAHの姿ですので、どうぞモヤモヤしたままお帰りください」と水島さんもおっしゃるとおり、AHのWSはご神託を得る場所ではないのねん。

私たちは得てして安易に他人から答えをほしがるものだけど、安易に得た答えは忘れるのも早いものだよ・・・
徹底して自分とむきあいながら、自分を深く深く掘り下げていく、その中にしか正解はない・・・

わたしがWSに出るのはすべて自分の学びのため。
日常生活に活かすためであり、これを利用して一発あててやろうという気持ちはありませんので念のため。あ、水島さんに会いたいって下心?はありますが。(笑)

ということもふまえ、さゆりの実験はどうなったかといいますと。

まず「他人に対してのべき思考」を書きだしていきます。

わだすの場合は

「夫はもっと私に感謝して行動にあらわすべきだ」

と書きますたよ!ええ、鼻息も荒く(笑)

この時点で、わだす夫の被害者になっていますね。
自分の人生が夫に支配されちゃってます

べき=被害者意識」 である。


なるほど〜。

わだすはこの「被害者の役割」にしがみつきたいのか?
検証する意味でも書き換えをしていきます。


これを次のように書き換えます。

| AH | 14:44 | comments(0) | trackbacks(0) |